グルージャ戦記

Jリーグのフットボールクラブである、いわてグルージャ盛岡について妄想を垂れ流すブログ(非公式)

2019シーズン いわてグルージャ盛岡 新加入選手【MF編その1】

 本日、1月20日の14:00からイオンモール盛岡で、『新生 』いわてグルージャ盛岡の新体制発表会が開催されます。選手の紹介やユニフォームお披露目、背番号発表のほか、パソナ様やヴィクトリア・ハイランダーズFC様との協定の調印式・発表と盛りだくさんの内容のようです。私は行けませんが、新しい顔ぶれが揃ったグルージャを見られるのは非常に楽しみです。

 さて引き続き新加入選手の紹介、今回はMF編その1です。

 

櫛田一斗選手

 

来歴

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 櫛田一斗選手は京都府出身で、偶然にも本日で32歳を迎えるチーム内最年長のMF。

 地元少年クラブでサッカーを始めた櫛田選手は、高校は公立の桂高校に進学しサッカーを続けました。桂高校では目だった全国区での活躍はなく、大学は関西学生リーグの京都産業大学に進学。学生時代は一貫して地元の京都でサッカーの腕を磨きました。

 京産大では2年次から主力選手として活躍しており、2006年度2部春季リーグでのチーム優勝・1部リーグへの昇格に貢献。櫛田選手は優秀選手賞を受賞しております。

 3年次、4年次の2007、2008シーズンでも関西学生リーグ1部で京産大の主力選手として活躍。大学卒業後は、JFLに所属していた京都を本拠地とする佐川印刷SCに入団しました。

 佐川印刷では1年目の2009シーズンからリーグ全34試合(うち先発32試合)に出場し、主力選手として活躍。2010シーズンもリーグ全試合に先発出場していましたが、シーズン終了後に佐川印刷を退団。ここから櫛田選手は活躍の場を海外に移し、櫛田選手の異色の経歴が始まりました。

 

 2011シーズンはタイプレミアリーグの強豪チョンブリ―FCに入団。チョンブリ―では1年目から主力選手の座を射止め、リーグ全34試合に出場。チームの準優勝に貢献し、櫛田選手はリーグベストイレブンに選ばれました。

 2012シーズンも主力選手として活躍。リーグは惜しくも準優勝に終わりましたが、櫛田選手はリーグ年間ベストMFに選ばれました。

 2013シーズン、2014シーズンもチョンブリ―で大部分の公式戦に出場し主力選手として活躍。チームを優勝させることは出来ませんでしたが、2014シーズンにはACLプレーオフに出場し、ACL本戦出場にあと一歩まで迫りました。

 しかしタイプレミアリーグの中心にいた櫛田選手のプロキャリアにも影が差します。2014年10月、プレミアリーグ第35節の試合中に右足前十字靭帯断裂の大怪我を負ってしまい、半年間以上のリハビリ生活を余儀なくされました。

 チョンブリ―との契約は2014シーズンで終了し、2015シーズンはタイディビジョン2(3部相当)のパントーンFCに完全移籍。リハビリ後は小さな大会への出場で試運転を行うと、2015年7月にタイプレミアリーグのチャイナ―トホーンビルFCに完全移籍。7月のカップ戦でチャイナ―トでのデビューを果たし、復帰は順調に見えました。が、9月の練習試合中に再度右足前十字靭帯断裂。櫛田選手は再び長期のリハビリ生活に入りました。

 2016シーズンもチャイナ―トとの契約は継続。2016年7月のカップ戦で復帰を果たしましたが、このシーズンはリーグ、チームとも色々あって(詳しくは櫛田選手のブログ参照)混乱の中終了。チーム成績もリーグ17位と振いませんでした。11月にはチャイナートとの契約を終了させ、櫛田選手はタイを離れることを決断しました。

 

 2017年2月、櫛田選手はオーストラリア独立リーグ(イラワラプレミアリーグ)のダプトFCとの契約を結び、オーストラリアでの生活をスタートさせました。

 2018年2月には同じイラワラプレミアリーグのウーロンゴンユナイテッドに完全移籍。2018シーズンはウーロンゴンの主力選手として、チームのリーグ4位とグランドファイナル決勝進出(惜しくも優勝は成らず)に貢献しました。

 2018シーズン終了後はキャリアの集大成として日本での移籍先を探していた櫛田選手でしたが、12月にグルージャへの完全移籍が発表されました。

 

ポジション・選手特性

 様々なチームを渡り歩いてきた櫛田選手ですが、これまでは主にボランチとしてプレーしてきており、恐らくグルージャでのポジションもボランチになるものと思われます。やや攻撃よりの選手と言えますが、チームではバランサーとしても機能してきたようです。

 

 

 

 上の動画からは、少ないタッチでパスを繋ぎ攻撃の起点となることが得意な選手であることが見て取れ、グルージャのスタイルには合いそうな予感はします。

 

 櫛田選手の不安要素は、タイプレミアリーグ時代に選手生命を脅かす大怪我(右足前十字靭帯断裂)を2回も経験しており、現在の32歳におけるフィジカルコンディションはどうなのかという点。

 また丸8年もの間日本ではプレーしておらず、90分間通して攻守の入れ替わりが激しいJリーグに(更には激しい運動量と球際を求めるスタイルのグルージャに)フィット出来るのかということも、実際のプレーを見てみないと何とも言えません。

  もしこの選手がシーズン序盤から主力選手として活躍出来るようであれば、2019シーズンのグルージャはかなり面白い存在になれると思います。

 

 櫛田選手のプレー以外での特筆すべき点は、積極的なネット活用にあります。ブログ(2012年11月~2018年3月→櫛田一斗ブログ、2018年3月~→櫛田一斗ブログ)フェイスブックで積極的に発信を続け、今回の移籍に当たっては自らクラウドファンディングのサイトを作成して資金調達を募るなど、その行動力には抜群のものがあります。

 

www.kushida.world

 

 今回の移籍が佐川印刷SC繋がりの新沼コーチの伝手だったのかは分りませんが、あらゆる面で非常に「面白い」選手が加入してくれました。

 

www.kushida.world

 SNSはともかくリアルではあまり饒舌なタイプではないようですが、良い意味での異色の持ち味を発揮してチームを牽引して欲しいものです。

 

 櫛田選手、グルージャにようこそ。そのクレバーなプレー、エネルギッシュな活動経歴をグルージャに還元して、若い選手たちを引っ張って行って下さい。

 

廣田隆治選手

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来歴

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 廣田隆治選手は兵庫県高砂市出身のプロ8年目の選手です。

 地元クラブでサッカーを始めた廣田選手は中学からはヴィッセル神戸ジュニアユースに加入。高校入学後も神戸ユースに個人昇格してサッカーを続け、高校2年次の2010シーズンからユースチームの主力選手として活躍し始めました。3年次の2011シーズンはプリンスリーグ関西の5試合(うち5試合先発)とプレミアリーグ参入戦の1試合に出場し、チームのプリンスリーグ優勝とプレミアリーグ昇格に貢献しました。また廣田選手は2011シーズンに初めて年代別日本代表(U-18カタール遠征)にも選出されております。

 

 高校卒業後の2012シーズンにはヴィッセル神戸トップチームに個人昇格すると同時にJ2のFC岐阜期限付き移籍FC岐阜ではリーグ開幕から先発出場の座を射止め、このシーズンは22試合(うち先発16試合)に出場と、順調なプロ生活を滑り出しました。

 また廣田選手は2012年5月にはU-19日本代表に選ばれ、南アフリカでのU20インターナショナルトーナメントに出場。試合では得点も決め、日本代表の4位に貢献しております。

 

 FC岐阜への期限付き移籍は2012シーズン限りで終了し、2013シーズンはJ2のガイナーレ鳥取期限付き移籍。2013シーズンのガイナーレでも廣田選手は主力選手としてリーグ28試合(うち先発14試合)とリーグ入れ替え戦2試合に出場しましたが、ガイナーレはJ3に降格。シーズン終了後の2013年12月にはヴィッセル神戸からガイナーレへの完全移籍が発表されました。

 2014シーズンから2017シーズンまで廣田選手はガイナーレの中心選手として活躍しましたが、2017年11月にガイナーレとのシーズン限りでの契約満了が発表され、2018年1月にJ2のレノファ山口への完全移籍が発表されました。

 しかし2018シーズンは廣田選手の怪我の影響もあり、レノファでの公式戦出場は天皇杯ジュビロ磐田戦での途中出場1試合のみと、廣田選手としては残念なシーズンとなりました。そしてシーズン終了後に、レノファとの契約満了が発表されました。

 移籍先を探していた廣田選手でしたが、12月末にグルージャへの完全移籍が発表されました。

 

ポジション・選手特性 

 廣田選手は運動量もこなせる上に視野が広くパスも出せる選手。非常に器用な選手であるためCB以外のポジションなら何処でもこなせるようですが、基本的にはアタッカーの選手に分類されます。得点に絡む力のある廣田選手を前目のポジションで使わない手はなく、グルージャでは左右WBまたはOH(シャドウ)の候補選手となると見ています。

 

(廣田選手の動画集)

 

 2017シーズンのグルージャ戦では、GKからのフィードをカットして岩元選手の決勝点をアシストしていました(ゴールシーンは1:05から)。

 

 現在25歳ながらプロ公式戦出場は170試合を超え、年代別代表で国際試合の経験もある廣田選手にかかる期待は非常に大きなものがあります。ユーティリティ性のある廣田選手がどこのポジションを任されるかは菊池利三監督に委ねられますが、廣田選手ならどのポジションでも期待以上の活躍をしてくれることでしょう。

 

 廣田選手、グルージャにようこそ。新たな活躍の場にグルージャを選んで頂き、ありがとうございます。廣田選手の力でグルージャのリーグ上位進出を実現させて下さい。